« ウェブログと情報操作 | Main | つなげるココログ2 »

Weblog使用とスタンス

 この雑感は「ようやく一息。」「ウェブログと情報操作」の続きとなってます。

 ココログに限らずウェブログツール一般に言えることですが、人々があるツールを使うかどうかという「導入基準」はひとそれぞれです。日記を書く人、ホームページの大体として用いる人、ほかにもいろいろあると思います。そしてそれらすべてが「実質的には」排除されない、というのがツールの「一般への普及」であると思っています。極少数の人が、ごく限られた目的のために「のみ」ツールを用いる、という場合、これは普及ではあるかもしれませんが「一般への」普及であるとは言いにくい面があります。それゆえに、「一般への普及」という現象は「テクノロジー原理の無説明化(あるいは、マニュアル化の進行による原理の閑却)」、「テクノロジー原理からの逸脱・偏向」「テクノロジー原理を生み出した、当初の理念・目的意識からの逸脱・偏向」という側面を持っていると思います。
 
 私たちに身近な、小さな例をあげるとすれば、「トラックバック」という仕組みもそうです。トラックバックは「何のために」用いられるのでしょう。自分のサイトをアピールするため?他人のサイトにツッコミをいれるため?理由もなくとりあえず?どれも然り、と思います。原理的には、それらすべてがOKであるでしょう。NGであるのはただ一点…「相手サイトがイヤといったらNG」ということではないかと思います。なぜなら、トラックバックは「コミニュケーション」であるからです。相手が話したくないと思ったら、どれだけがんばっても「コミニュケーション」は成立しません。これはテクノロジーの問題ではなく、コミニュケーションの問題ということになります。

 フルカワが言いたいことは、テクノロジーの原理とコミニュケーションの原理は、まったく無関係ではないのですが別の判断基準によって動き、その結果として双方の原理にかなり大きな「逸脱・偏向」を加えるのではないだろうか、ということです。その「逸脱・偏向」をどのようにして「ココログ使用者が受け止め、考える」でしょうか?それは「悪いこと」なのでしょうか?「そういうもの」なのでしょうか?…何よりも、ただの便利ツールであるはずのココログを使って、そもそも「そのようなことを考える(べき)」でしょうか?
 考えるのも、考えないのも、すべての手綱は利用者本人にゆだねられているのではないかな、と思います。そしてそのような判断基準の表れとして、ひとびとの「ココログ」に対するスタンス・発言が「見えてくる」のではないかな、とも思うのです。

 この記事は、以下の話題を読んで考えたことです。

 ブログはキャズム(ハイテクの落とし穴)を越えてブレイクするのか?(「GoodPic.Com」さん)
 ウェブログと"キャズム"(「NDO::Weblog:」さん)
 外からの目(「此処録」さん)

|

« ウェブログと情報操作 | Main | つなげるココログ2 »