「人間嫌い」と「つるみ系」

 おもしろいブックレビューを読みました(紹介されている本が面白いかどうかは不明)。

「人間嫌い」の言い分
長山 靖生
光文社 (2004/10/16)
売り上げランキング: 504
通常2日間以内に発送
おすすめ度の平均: 5
5 「人間嫌い」が日本を救う(かもしれない)

【書籍】・「『人間嫌い』の言い分」 長山靖生(2004、光文社新書)
[ふぬけ共和国・マンガ]


(この本に興味をお持ちの方は、ぜひ上記リンク先のレビューのほうからチェックしてみてください)

 明治時代の文士を例に挙げるまでもなく、少なからぬ人間が「人間嫌い」を標榜しています。しかしそこにはやはり、ある程度ネガティヴな自己規定もつきまとうもの。本書はどうやらその「ネガティブでありかつポジティブに自己規定させる『人間嫌い』」という概念を、よりポジティヴなものとして再評価しようと試みているようです。
 レビュアーの新田さんは本書の中で「人間嫌い」としばしば対置され表れる「つるみ系」あるいは「負け犬」という概念の用い方から透けて見えてくる部分に注目しています。そこから見えてくる部分は、(レビューの読み手である私にとっては)ずいぶんと救いのない、ため息の出るような世界観であるように思えます。それでもなお、そのやるせない部分に踏み込んだり、語ったりすることは、とても貴重なことであるようにも思えるのです。

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魔性の子:読書日記

 「十二国記占いに踊ってみる」のコメント欄でれいさんに勧めてもらった「魔性の子」を、あらためて読んでみました。

 …痛い、痛いです、後藤先生(←主人公・広瀬の恩師。センセイがイタいキャラというわけではないです)。

 コメント欄でのやり取りの時には

新潮ファンタジーノベルの「魔性の子」は、出版当初の92年頃に(岩本隆雄「星虫」とかと一緒に)読んだ…はずなのですが、記憶にありません(汗)。

 と書いたのですが、読み直してみてフルカワが『魔性の子』のあらすじを意図的に忘れていたことが判明しました。

魔性の子
魔性の子
Posted with amazlet at 04.09.17
小野 不由美
新潮社 (1991/09)
売り上げランキング: 944
通常24時間以内に発送します。
おすすめ度の平均: 4.14
5 何がホラーかって…
4 こどくなたましい
5 十二国紀の闇
教育実習のため母校に戻った広瀬は、教室で孤立している不思議な生徒・高里を知る。彼をいじめた者は"報復"ともいえる不慮の事故に遭うので、"高里は崇る"と恐れられているのだ。広瀬は彼をかばおうとするが、次々に凄惨な事件が起こり始めた。幼少の頃に高里が体験した"神隠し"が原因らしいのだが…。彼の周りに現れる白い手は?彼の本当の居場所は何拠なのだろうか?

 小野不由美の代表作と言える《十二国記シリーズ》の外伝という位置づけに「現在では」なる、学園ホラー小説。読売新聞・三井不動産販売が主催する「日本ファンタジーノベル大賞」を主として出版する、新潮社「ファンタジー・ノベル・シリーズ」の一冊として世に出る。初版1991年9月。シリーズ第一巻「月の影 影の海」が講談社ホワイトハート文庫から刊行されたのが1992年7月ですから、本編より先に出た外伝ということになります。ちなみに小野不由美は第5回「日本ファンタジーノベル大賞」において「東京異聞」で最終候補作にノミネートされています。
 この「魔性の子」がなぜ日本ファンタジーノベル大賞と直接関係の無いまま「ファンタジー・ノベル・シリーズ」におさめられたのか、経緯を私は知らないのですが、はじめて読んだときには「いかにも新潮が好みそうな、救いの無い話だな」という感想を持っていたようです。(注:ほんとうに新潮社が「救いの無い話」を好んでるかどうかはわかりません。新潮社「ファンタジー・ノベル・シリーズ」は、それまで「ファンタジー」という名前からイメージされるようなSF・エピックファンタジーよりも、もっと日本人好みのジャンルをラインナップに揃えようとしていた、という印象が当時あったのです)。直前に「第一回」の最終候補作である岩本隆雄「星虫」というさわやかハッピーエンドな物語を読んでいたためでしょう。
 「魔性の子」の登場人物で、言葉の厳密な意味で幸せになれた人間はいません。それは「魔性の子」である高里も含めてそうなのですが…このお話のアンチクライマックスな点は、そんな高里を助けようとする教生である、主人公・広瀬の立ち位置の空虚さにあるかと思います。何かしらの形で広瀬に感情移入して読む者は、寂寥感を感じることになるのではないかと思うのです。
 …やっぱ痛いです、後藤先生。

 この本を読んで寂しくなった人は、どうか本編シリーズを通して読んでみてください。多少救われます。

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内側から見た富士通

ぼんやり生活」でのレビューを読んで興味を引かれたので、amazonへのリンクとともにメモ。

内側から見た富士通「成果主義」の崩壊
城 繁幸
光文社 (2004/07/23)
売り上げランキング: 20
通常24時間以内に発送します。
おすすめ度の平均: 3.84
3 関連会社も似たようなものです
5 人事マネジメントの書として最高傑作
5 成果主義の失敗例として示唆に富む良書

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ペリー・ローダンって(以下略)(3・完)

 そんなわけでやってまいりました「コミック・ショップ」。
ドイツでは書店(単行・文庫本)、キオスク(=コンビニ。雑誌)、コミック・ショップ(漫画)と、メディアによって異なるジャンルの店舗にすみわけがなされているようだ、というのが前回の感想でした。本家「ローダン」を見つけることはかないませんでしたが、「コミック・ショップ」では「ローダン」漫画を見つけ出すことができるかもしれません。

 ボンの市役所の前からライン河を渡るケネディブリッジへと続く「オックスフォード通り」、そこに面してある「ボン漫画店」に立ち寄ってみました。

 …
 
 すいません。間違えました。
 
 どうもフルカワは「○んがの森」に間違って来てしまったようです(アニ○イトでも可)。
 うわすごいですなこりゃ。本当に日本のオタク系店舗に来たような錯覚です。なにしろ扉をくぐるとまず一番先に目立つ場所に並んでいるのが、日本系コミックスの壁。「天上天下」「ふたりエッチ」「最遊記」「Bastard!」など、いかにもな漫画が当然のように並んでいます。ひええ。タイトルロゴが日本語のままのものも多いです。ぱっと見は日本語の漫画そのものにさえ見えます。おそるべしオタクワールド。心底「日本の漫画はすべてドイツ語で読めそうだ」という気さえしました。この話題についてはおそらく別記事になるでしょう^^;それくらいのインパクト。

 さて本題の「ローダン」です。探す。探す。探す。
 
 見当たらねぇ。
 
 SF小説文庫本のコーナーもあったりしてそこも探してみましたが、どうも見当たらない。ドイツコミックの壁を、不審者のようなまなざしでチェックしてみましたが見つけられない。しょうがないので店員さんに聞いてみると、ちょっと探したすえに見つけてくれました。Wunderbar!
 さて見つけたのは「コミック版ペリー・ローダン」(画像参照)。

20031225.jpg(c)Pabel-Moewig Verlag 2002

4巻まではストックがありました。フルカワはためしに1巻を購入して帰宅。なお、本家の小説版:ヘフトは取り扱ってない、とのことでした。やはり「ローダン」はキオスクで買えということなのでしょうか。

 「コミック版ペリー・ローダン」ですが、時間軸を本家にあわせて最初からはじめているわけではなく、個別のエピソードを抜き出しているようです。第一巻のタイトルは「ディ・アキルの水晶(内容はサッパリ不明…)」。主人公ローダンは「ヒトを星の世界へと導き、長き時を生き、無数の世界を見、それでもなお飽くることなく冒険を続ける男」だそうです。(超人ロック!)
 コミック1巻ではそのほかに親友バリー、ロラックの女指揮官シンドラ、「スリープド・マン」、マスリンとサヒル、といった登場人物がでている、ようです。さっぱりわからない(日本語訳とあっているかどうかすらわかりません)。
 アメコミ系と同様、30ページ弱ほどの薄い冊子形態です。ジャンプの連載漫画を一本抜き出して冊子にしたような感じ、ですね。オールカラーなので綺麗です。1巻の初版は2002年9月となってました。コマ割りは典型的なアメコミ型、キャラ造形は日本系の影響を受けているのか多少マンガチック(もちろん日本的なロリコンキャラは皆無ですが))で、フルカワにとってはそれなりに好印象でした。

 さて「コミック・ショップ」を体験し、「コミック版・ローダン」をチェックして印象として言える事は

「ローダンはおそらくドイツの若者ウケはしていない」

 ということでしょうか。無数のコミック群のなかで「ローダン」は特に目立つ出版状況にあるようには見えず、「時流の流れで遅まきながらコミック形態でのクロスメディアをはじめた」という印象が強いです。オタク世代ですから自分の心にヒットする物語であれば活字でもこだわらないわけで、事実「コミック・ショップ」には「スターウォーズ」さらにより年上向けに「スタートレック」の小説までそろっていましたが、ヘフト形態の「ローダン」は取り扱われておらず、コミカライズはきわめて遅々としたあゆみです。週刊少年ジャンプのドイツ語版「Banzai」に代表される日本系コミック、「マーヴル」などUSA系コミックの大群の中にあって、「ローダン」はなんとも影の薄い存在のようです。
 キオスクで「ローダン」の実物を見つけることのできなかったフルカワには確証がないのですが、Amazon.deで「ローダン」をチェックしてみると、最新刊の売り上げはそれほど悪くもないようです。しかし良くもない。上位100には入ってこないところをみると、「いくぶん上の世代のSFマニアが読んでいる」という日本での印象を、ドイツにおいてもくつがえすことは難しそうです。

 なので、日本の「ローダン・マニア」の皆さん、がんばって(たとえドイツ語が読めなくとも)本家「ローダン」を定期購入された方が良いかもしれません。このまま推移すれば、ファン層の高年齢化が進むとともに「ローダン」の存続の危機すら予想されます。(まあ、いつ終わっても問題ないシリーズ構成なのかもしれませんが…)


追記訂正:
(2)で書いた「本屋にあったのはOdysee4」というくだりですが、Amazon.deのリストを見て錯誤した可能性が高いです。フルカワが本屋で視認したのは同シリーズ2、3だったと思われますので、こちらで訂正いたします。
 

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客層新規開拓:「ローダン」閑話休題

 「ペリー・ローダン」は厳密に言わずともこの分野には属してはいないと思うのですが、それゆえにこそこの「ローダン」シリーズ記事にも関係してくる話題として興味深く見ました。

 ネットの話題の連鎖とライトノベルの売上(「StarChartlog@cocolog」さん)

 「秘められた(動作システムがまだ明快に把握されてない)」購買誘因と、それを模索する出版サイド。そのうちプロジェクトXにでてきそうなテーマです。もちろん現代のライトノベルはかなり意図的に購買誘因をもりこんで(「萌え」への集中、半エロ的グラフィックの重視など)いると思うのですが、購買層ではない第三者のフルカワの目から見てもそれらのアクションが「購買層への積極的なアプローチの結果」なのか、それとも逆に「明確な購買スタンスを持つ購買層への追従として、”尻馬にのっかる”ように現在のラインナップが形成されている」のかはよくわからないところです。「StarChartLog@cocolog」さんが紹介された記事リンクへ飛んでみると、なんとなく出版側は曖昧なまま続けてきた「手探り」の状態を、なんとなくあいまいなままにぐるぐると続けている、そんな印象さえ感じます。

 さて一方の「ローダン」です。ネット上のローダン情報サイトをザッピングしてみて漠然と感じた印象ですが、 「ローダンネットワークは”閉じたネットワーク”である」。もともと「ローダン」ファン層が「閉じている」のだとすれば、バーチャルネットワークが閉じていても当然なのでしょうけれど。たとえば「ボーイズ・ラブ」「エロゲーファン」「(おそらくはより少数派的な)TRPG」といったファンサイトネットワークが…おそらくはまだ…その「狭隘性」にもかかわらず…新規参入者・新規購買者にむけて解放されているように見える、というのとは対照的に、です。なにせ世の中はとっつきやすいもの(できればやりこんでみると奥が深いのがベスト)が売れる時代です。たぶん現在のティーンと20年前のティーンでは、「活字マニア」と言ったときに対象とする文字数の差がでてくるのではないでしょうか?あるいはそのようなギャップが明確になってきたからこそ、たとえば京極夏彦のような「圧倒的なボリューム」が目立つ売り方、が生じるのではないでしょうか。…余談ですが、フルカワが「グイン・サーガ」を読むのをやめたのは、…内容がどうこういう以前に…「高齢化社会への対応のせいかどうかはわかりませんが」、ハヤカワJP文庫本の「活字の大型化」…結果として、1冊あたりの文字数の減少(…と、フルカワは把握します…)のゆえでした。短い「グイン」は、フルカワにとって無価値になってしまったのです。これは「ローダン」の抱えるアンヴィバレンスにもつながってゆくようにも思えます。
 「ローダン」に感じたのと同じ印象を抱いたジャンルに、そのような「推理小説」がありますが、こちらはやはり前者(SF)と比較しての購買層の広さ・多さ、またジャンル内ジャンルの広さ・多さ(内田康夫から京極夏彦まで)を考えると、購買のメカニズムはやはり変わってくるのでしょう。基本的に購買層がより小さいと思われるSFジャンルにおいて、「ローダン」ファンはそれぞれ、意識的にせよ無意識的にせよ自分たちの世界の「危機」を感じているかもしれません。

  小説としての「ローダン」を新たに読み始める人間の予想数が少ないのならば、代替手段としてネットワークから「ローダン」世界に没入しうるか…それもまた、「ローダン」を知らぬフルカワには考えにくい要素なのでした。

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 いちおう日本時間的には今言っておかないと…ということで。
「メリー・クリスマス」! 

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ペリー・ローダンって(以下略)(2)

 さて「ドイツ漫画事情聞きかじり」でもちょっと述べましたが、ドイツの新刊書店(まあ、普通の意味での本屋です)は、基本的に漫画や雑誌をたいして置いてはいません。ドイツの本屋は単行本と文庫、地図、カレンダーなどを主に扱っています。大きな店舗ですとそれなりに雑誌・漫画をおいてる場合もありますが、目当てのものを探し出せるほどには十分とはいえないでしょう。

 ひるがえって日本を見ますに、現在の日本でも、「雑誌」を本屋で買うという人は次第に減ってきているのではないでしょうか。そうです、日本にはコンビニがありますね。ドイツの事情も似たようなものだと思います。ドイツのコンビニともいえる「Kiosk」(まあ、あのキヨスクです)が町中いたるところに存在しています。大多数のドイツ在住者は駅の乗り降り時とか、広場を通り過ぎる際にとか、Kioskで雑誌を買っていると思います。

 さてそこでフルカワは、まずボン市内で一番大きな本屋「Bouvier」に行きました。以前にここでは「ドラゴンボール」などを置いてあった記憶があったからです。もちろん「ペリー・ローダン」を探せ!ということで、SF・ファンタジーの文庫本棚もチェック。はたしてドイツでは「ペリー・ローダン」は売れているのでしょうか?(証拠写真も取りたかったのですが、クリスマスシーズンで尋常じゃないほどに人が多いので、挙動不審な行為は断念しました)
 フルカワはSF・ファンタジー文庫コーナー(文庫本コーナーの一面、入り口近くの目立つ位置にあります)を、目を皿にして見ました。見ました。見ました。

 ねぇよ(がく)。

 一生懸命探して見つけたのは、おそらく文庫本の最新刊であろう「Perry Rhodan Odysee 2」というものだけ。そもそも「ペリー・ローダン」本編は「ヘフト」と呼ばれる雑誌形態で出ているため、簡単に見つかるとは思わなかったのですが、文庫本バージョンはほとんど見つけられませんでした。SF・ファンタジーコーナーは5対1くらいの割合でファンタジー勢に押し捲られています。ファンタジー強いなあと唖然とします。ファンタジーもので目立つのは前回も触れました「ハリー・ポッター」「ロード・オブ・ザ・リング」(本編と関連本)ですが、さらにジマー・ブラッドリーの「アヴァロン」シリーズ、プラチェットのシリーズなど日本で有名なシリーズがずらっとならんでます(日本でのマイナーさを考えるとすごい!と思えるレベル)。ドイツ人作者のものもありますが、思った以上に輸入物が多い。世界に壁はないのですな。
 そして多くはないSFシリーズも、ニーヴンとか私でも名前を知っている作品が並んでいます、が…「ローダン」がない。うむむ。

 「ペリー・ローダン」公式ページを見たところ、以下のように書いてました。

Wo kann ich PERRY RHODAN kaufen? Die Hefte an jedem Kiosk, die Bücher im Buchhandel. Sollte dein Händler PERRY RHODAN nicht führen, frag einfach danach. Der Händler kann sowohl Hefte wie Bücher innerhalb kürzester Zeit bestellen.(Perry-rhodun.net)

 つまり「ローダン」はキヨスクで買える。なかったらそこで注文もできる。ということのようです。そこでボンの思いつく限りのキヨスクを覗いてみました。

 見つからねぇ(がく)。

 さすがに酔狂で注文しようという気分でもなく、本家「ローダン」を見出すことはかないませんでした。とりあえず「ローダン」は日本での新聞メディアや週刊誌のようにキヨスクで買えるらしいです。Amazon.deなどのネット本屋でも注文できることが確認されています。とりあえず、日本在住のかたはAmazonへどうぞ。

 しかしここでフルカワは本題に立ち返りました。そう。マンガだとどうなんだろう、ということです。

 「ドイツ漫画事情聞きかじり」でも書いたように、コミックの流通量はドイツでもものすごく多いようです。漫画を探せば「ローダン」を見つけられるかもしれない。フルカワはドイツで漫画を売っている一般的な商店「コミック・ショップ」に向かったのでした。

 続く。

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ペリー・ローダンって(以下略)(1)

日本のSFは死んだのか?あるいは「ローダン」だけは生きているのか?

 えー、フルカワはSFファンに喧嘩を売ってるわけではありませんので、煽り文についてお怒りのかた。ごめんなさい。SFファンでない(かつテキストは読む)人間としての、正直な気持ちではあります。

「ドイツ漫画事情聞きかじり」のコメント欄で、tsupoさんに

ドイツといえば、「ペリー・ローダン」なのですが、いまドイツ本国では、どの程度流行っているものなのでしょう? 小説だけではなく、マンガも出ているとかいないとか。 日本では、完全に固定ファンにしか読まれていないものと思われます(固定ファンの数が採算に見合うだけ存在しているので刊行が続いているのだと思われます)。

 との示唆をいただき、それまで「ローダン」と「ドイツ」のつながりなどまったく考えたこともなかったフルカワはちょっと興味を惹かれました。この記事は、SFにまったく疎いフルカワが調べようと思って調べきれた限りの調査ノートみたいなものです。

 まず話題の「宇宙英雄ペリー・ローダン」シリーズとはなにか?という点について、ソースとして

Perry Rhodan-Die größte Science Fiction
(ドイツ語の公式ホームページ?ですかね)

Perry-Rhodan
Wikipedia-宇宙英雄ペリー・ローダン

 を見ました。…太陽系第三惑星最長のSF小説!すげえ肩書きです。そして冊数もものすごいです。現在原著が3000冊ですか。日本語訳は300冊弱(原著2冊分を合本して1巻)、ふむ、まだ5分の一ですか…ってそれでも多い!複数の作家がチームを組んで、壮大な銀河世界をテキストにつづっているわけですね。

 そしてびっくりです。やっぱりありましたよローダンを扱うココログサイト。なんともすごいですな。

  ローダンページ


 …で、私も世代的にはかろうじてSF暗黒時代(があったのかどうかはわかりませんが)以前に少年時代を過ごした身、「ローダン」シリーズとの接触がなかったわけではありません。中学生のころ、読書という行為にもはや充分に中毒しつつあり、小遣いを本に廻すくらいにはなっていた頃の話です(なお当時、今で言うライトノベルはまだ草創期にあたり、出版点数もほとんどなく、オタク系少年少女があたりまえのように購入する、という時代ではなかったと思います。ちょっと前の話なのにすごい時代差を感じます)。
 地方在住のオタク少年であったフルカワは古本屋で面白そうな本をひとやま幾らで買うのが好きで、「ペリー・ローダン」第一巻「大宇宙を継ぐ者」、および(ある意味ローダンシリーズと対になっている)”日本最長のSFファンタジー小説”「グイン・サーガ1 豹頭の仮面」が同時に含まれていたのは運命かもしれません。
 フルカワは「グイン・サーガ」は1巻でハマって(70巻くらいまでは)読み続けることになりますが、「ローダン」は1巻で終わってしまいました。なぜ?
 …だって私には面白くな(あわわ)。
 当時フルカワは「指輪物語(いわゆるロード・オブ・ザ・リングですね)」は読み終えていたし、デュマ「三銃士シリーズ」なども読み終えてましたから、長い話に耐性がなかったわけではありません。また幼児・少年少女向けの物語本にはかなりSFテイストを持つ作品が(当時)多く、SFに拒否反応があったわけでもありません。ですから、なぜ「グイン」は読んで「ローダン」は読まなかったのか?ということになると、おそらくは原作の内容もあるかもしれませんが、「ローダン」が「大人向けの翻訳作品」という印象を示していたからではないのかな、と思います。

 「ローダン」を知らないけれど、興味がある…そのような人は、ググってみることをおすすめします。膨大な数のファンサイト、リンク集が見つかると思います。そして一歩「ローダン・マニア」の世界に足を踏み入れたならば、そこには圧倒的な量の情報、圧倒的なファン気質を見出すと思います。はっきり言って、門外漢にはさっぱり理解できない世界です。私は「何も知らない人間がローダンを読み始めるというのは、まず不可能だな」と思いました。だって、翻訳の既刊がすでに300冊弱ですよ?原著より圧倒的に歩みの遅い翻訳でですよ?原著などは3000冊ですよ?死ぬまで読みきれませんよ。しかも、正直な感想としての言い方になってしまいますが、「いかにも早川書房的な翻訳口調文章」なのです。翻訳者が変わった現在は、あるいは異なるかもしれませんが…「大宇宙を継ぐ者」に、圧倒的な「壁」を感じるのは、10代当時の私だけではないと思います。
ですから、tsupoさんが「日本では、完全に固定ファンにしか読まれていないものと思われます」と言われるのも、SFファンではない私は、状況を知らないにもかかわらず納得してしまうところです。

 …でも、そもそもSF小説とは売れているので(あわわ)

 どうも最近、危険なネタが多いですねと思いつつも続けます。私はいわゆる第二世代オタク(という分類があるかどうかはしりませんが)の中に位置していると思います。まあスーパーファミコン世代でしょうか。SFに拒否反応は必ずしもないが、翻訳作品としてのSF/ファンタジーにはさほど詳しくない世代ではないかと思います。それ以前の世代は、「そもそも翻訳作品しかない」世代だったと思いますので、私は彼ら第一世代が吸収して噛み砕いたSF/ファンタジー(たとえば幻魔大戦シリーズ、クラッシャー・ジョウとダーティペア、銀河英雄伝説、ちょっとマニアはいってるひとは神林長平とか梶尾真治とか)に流れる世代に属していたと思います。そのような中にあって、当時すでに「ローダン」のような翻訳SFに流れる人口というのは、おのずと限られていたのではないかなと思います。同様の理由から、フルカワはファンタジー好きであったにもかかわらず、「ハヤカワFT」シリーズにもさほどのめりこみませんでした(単純に単価が高かったということもあります)。
 そして時代は流れ、今はティーン向けの小説というと圧倒的にライトノベル飽和の時代です。売り上げ的には圧倒的に劣勢であろう(と勝手に推測しますが)翻訳SF小説、そもそも売れているのでしょうか?今後はどうなんでしょうか?興味がないといってしまえばそれまでになってしまうんですが、tsupoさんの「ドイツといえばペリー・ローダン」というコメントには、それほどまでに「ジェネレーションギャップ」を感じたフルカワなのでした。いやもちろんtsupoさんの実年齢を存じ上げてるわけじゃないですが。

 国は異なれ同世代の認識がさほど異ならないのがオタクジェネレーション、さてドイツの若者の間で「ローダン」は読まれてるのでしょうか?

 この話、ぜんぜんまとまってないので更に続きます。グダグダ長文垂れ流し。

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